夢が叶わない理由

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倉川知也|インタビュー1クラカワトモヤ のつくりかた

 

倉川知也|インタビュー1

 

ちょっと今日は重めな話。

 

例えばさ、いきなり

「自分にはなんにも価値がねぇー!」

ってなる時ってあるじゃん。

 

その時ってなんか見失ってしまったりとか
外的要素でなんかあったりとか
単にテンションが下がっちゃった時とかさ。。。

様々な要因があると思うんだよ。

 

人間って「解っちゃ居るけど。。。」って思ってても
感情で動いてしまうイキモノじゃないかな。

 

そんでもって、

昔、クラカワはそういう自分が大嫌いだった。

んで、行き場のない感情を
誰も悪くないのに人に当たったりしたり。

んで、そんな自分に嫌悪感を抱いて
今度は自分に当たって自暴自棄になったり。

そんでもってまた周囲に迷惑かけたり。

 

以前は理解できなかったけど、
最近はなんとなくわかる。

 

今回のタイトルにもしたけど、

『夢が叶わない理由』

それは、『夢』という定義が

お金だったり、地位だったり、
物質的なところにあるからじゃないかな、
と思うようになった。

 

確かにお金とかあれば物質的に
様々な体験ができるだろう。

知名度や地位があったらチヤホヤされたり、
褒められたりするだろう。

 

しかし、そんなのは
周囲の『環境』『状況』が変わったら一転するもの。

 

たんなる『虚像』なんだよね。

 

今、自分の外側にあるものは
つい『最近の自分』が引き寄せたものであって。

その『在り方』が変われば
外側、要は物理的状況はどんどん書き換えられていく。

 

今、どんなに若くてイケメンでも必ずジジイになるし、
いま現在、どんなに若くて美人さんでもババアになる。

そして死ぬ。

外見を含む『外的要素』に僕ら人間は抗うことができない。

 

そのなかで唯一コントロール出来ること、

それは『己の在りたい己を “選択” する』ということ。

そして、『常に選択し続ける』ということ。

 

これが出来れば

『夢』=『こうありたい自分像』を

常に引き寄せる事ができると思うんだよね。

 

ネット時代になって
「リア充死ね」とかさ、
「『リア充死ね』とか言ってるやつ死ね」とか
やりあってる人たちもいるけど、

そんなことしててもなんにも変わらない。

「そもそも変わらなくてもいい」

という人たちも居るかもだけど、
じゃ、なんでそういう人たちに限って

「リア充死ね」

とか言うんだろうね。

 

結局は、『自分』より、よく見えるであろう
『外側』に惑わされてるだけだと思うのね。

 

みんながみんな『自分』に目を向けはじめて、
己をしっかり分析できるようになったら
『己の在り方』
についてブレないと思うんだよね。

 

ブレない、ということは
『カタクナに過去に決めたことにしがみつく』
ということではないからねw

 

間違ったら修正してもいいの。

 

ただ、大事なのは

『こうありたい』と思う

超抽象的な『理想の自分像』を

人生という単位で常に追い求めて、

今、という瞬間を常に『選択』していくことじゃないだろうか。

 

 

 

 

 

あー。。。
また朝っぱらにこんなこと書いてる。。。

また、キタムラにFacebookで、おちょくられるなー(笑

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