クラカワトモヤ のつくりかた

倉川知也のいちばん長い日

投稿日:2015年2月8日 更新日:

 

今日はとても感傷的な気分なんです。

 

 

 

僕の音楽だけでなく人生に

多大な影響を与えてくれた人がいました。

 

 

 

その人と出逢ったのは僕が20代の中ごろでした。

 

 

 

その人は僕の『全て』を変えてくれました。

 

 

 

僕の『見えていない世界』を僕にうつしだしてくれました。

 

 

 

その人が居なければ僕は今、
この世に存在していたかどうかもわかりません。

 

 

 

 

その人と僕は

 

共に夢を描き、

 

共に時間、空間、

 

そして次元を共有していました。

 

 

 

 

 

まさに『恩人』と言える人なのです。

 

 

 

 

 

しかしながら、当時の僕は今以上に未熟でした。

 

 

 

その人の『ホントウの想い』を感じとれなかった。

 

 

 

いや、『踏みにじった』と言っても過言ではない。

 

 

 

 

 

今日、僕は大好きな『SmashDrive』のメンバーと
スタジオに入っていました。

 

 

 

もちろん、その後はアフター。

 

 

 

 

今日のお食事の時に事務所で
あるアーテイストさんのお話になりました。

 

 

そのアーティストさんは 『ACO』 さん。

 

 

 

ぼくも今では大好きなアーティストさんです。

 

 

 

なぜ、『今でも』 なのかって?

 

 

 

 

そのACOさんというアーティストさんは、その

 

『恩人』

 

が僕に教えてくれたアーティストさんだったのです。

 

 

 

その人(恩人)が大好きなアーティストさんでした。

 

 

 

…..

 

…….

 

 

記憶がよみがえります。。。

 

 

共に歩いた日々。

 

 

共に笑った日々。

 

 

共に泣いた日々。

 

 

共に誓い合った日々。

 

 

でも、今は

 

すべて

 

『過去』

 

なのです。

 

 

もうあの頃には戻れない。

 

 

 

でも

 

その人に、

 

僕は感謝したいのです。

 

 

心から

 

感謝したいのです。

 

 

 

「貴方がいてくれたから。」

 

 

 

 

 

 

 

「ホントウにありがとう。」

 

 

 

 

 

 

 

誰にもわからないでしょう。

 

 

 

 

 

でも僕は

 

この想いを抱いて

 

 

未来へと羽ばたいていきます。

 

 

 

あなたの夢も

この背中に乗せて。

 

 

あなたの『想い』を

この『イノチ』にのせて。。。。

 

 

 

 

 

 

 

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