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フリフリ’65|ギターリフ奏法解説

投稿日:2015年6月13日 更新日:



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サザンオールスターズ フリフリ’65|ギターリフ解説

 

サザンオールスターズさんの
『フリフリ’65』のギターリフの解説です。

 

この楽曲、僕的に超思入れがあって。



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Southern All Starsというサザンの9枚目のアルバムの1曲目。

 

ダウンタウン(松ちゃん・浜ちゃん)やウッチャンナンチャン、
野沢直子さん、清水ミチコさんという今では
お笑い業界の蒼々たる方々が出演していたテレビ番組、

『夢で逢えたら』

の主題歌でもありますね。

 

 

僕が高校生ぐらいの時の楽曲。

 

当時、イカ天とかのバンドブーム時代に
『いっちゃえ’89 サザンde’90』
という年越しライブを見た時に超衝撃を受けたんです。

 

あれが、『年越しライブ』の先駆けだった気がします。

 

サザンの既存楽曲とオールディーズロックを
セットリストに混ぜ合わせた中に
このSouthern All Starsというアルバムの他楽曲、
そして『フリフリ’65』が入っていました。

 

確か、アルバム発売前だったと思います。

 

 

そして!!!ここが重要なのですがこの時代、
今やミスチルさん等で誰もが知っている
音楽プロデューサー小林武史さんが参加しているのです。

 

僕が音楽プロデューサーを志したのは
小林武史さんの影響が半端ないです。

 

このフリフリ’65のアルバムである
Southern All Starsが出る前に原由子さんの産休か何かで
サザンが一時活動休止するんです。

 

その時の桑田佳祐さんのソロアルバムで
『Keisuke Kuwata』というものがあるのですが、
これが超秀逸なアルバム。

 

そのアルバムのプロデューサーが小林武史さんで、
高校生ながら倉川は脳天かち割られるほどの
衝撃を受けたのを覚えています。

 

今でこそ小林さんをはじめ、小室哲哉さん、
残念ながら他界された佐久間正英さんや
椎名林檎さんや東京事変でも有名な亀田誠治さん…

などなど、『音楽プロデューサー』というものが
一般的にも浸透していますが、

当時、日本では『音楽プロデューサー』という職業が
あまりまだ認識されていない時代。

 

 

その時に何も知らないイチ高校生に
かなりディープなインパクトを与えた、というのは
小林武史さんのエネルギーレベル、ヤバいと思いませんか?(笑

 

 

さて、この曲の奏法解説をするにあたり、

「なんでこの選曲なの…?」

と思われる方もいらっしゃると思いますが、
僕にとっては本当にルーツと言っても過言ではなく、
公開直前まで

「マジでこれ、アップしていいんだろうか。。。」

と散々悩んだんですよ、実は。。。

 

 

ちなみに、本来、この記事は
『知也塾』のところだけで書くべき内容だと思うのですが、
今回はプロデューサー 倉川知也のルーツという事で
コチラに詳細を、と。。。(笑

 

 

 

あぁ、一生に一度…

 

僕の心の師匠である
小林武史さんとガチで音楽談義をしてみたいものです。。。(遠い目



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Tomoya Kurakawa

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「クラさんが埼玉県南の音楽シーンを
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